目的の靴屋に入る直前、脇の薄暗い駐輪場で木場に告白された。



「先に、いくっす」。

「いよいよか、しっかり見届けるよ」。

「でも大丈夫かな、ほんといいのかな~」。

「おれのは年明けにしかコンテナが届かないというから、後を追うよ」。

「それもそうなんですけど、もひとつ理由が…」。

木場は直前に購入したと思しき時計屋のショッパーをぶらさげている。

「それお父さんに贈る言っていたやつ?」

「です。しめて7万…」。



このところの懐事情を本当によく知っているだけに、

ここは年長として留意させるべきかと迷ったが、

彼の一度火が付いたら後を省みない性分もわかっていたからやめた。

問答の数分後、木場は果たして購入してみせた。

馬鹿なあいつは有り金叩いて、紳士の世界に足を突っ込んでいった。



イギリスの紳士靴の良さを地でいくメーカーと店主から教えてもらって以来、

「Lloyd Footwear」を気に入った。

ほっそりした木型と滑らかなカーフレザー。

“ザ・オーセンティック”というべき飾りっ気のなさは、

性懲りもなくベーシックばかりを集めまくる自分にとって格好の雰囲気だったし、

第一初めて知るメーカーが自分にとってドンズバな靴を出していることに胸が躍った。

こんないい会社があったのに、まったくおれは何をぼやっとしていたんだか。

形や素材もそうだけれど、手の届きやすい金額にも

この人たちの心が見えるってもんだ。だから木場にも教えてしまった。



そんなわけで、我々のファッション嗜好は

緩やかながらも確かにアダルティゾーンへ突入。

あなたがたはこれを機に立ち居振る舞いも変わっていくというのかね?

それは大事でしょう。靴に履かれちゃあおしまいよ!



Harbours

2012/11/25 03:54

こういう自然に出くわすとなお、

夏という季節の虜になるものだなあ。

大スケールの「涼」をありがとう。義父!



2012/08/24 02:20

直前までいたうどん屋のラジオが

長崎被爆者救済の現状を深刻に伝えていて、

店の味に満足し上機嫌なはずの我々を

妙に、小脇の自動販売機へ誘った。

二人でコーヒーを飲む。





“四六時中考えろとは言わん。

無論おれだって(長崎出身)いつも考えてるわけじゃないけど、

やっぱこの日になると思い出すっさね。

思い出す。

おれ全国の小学生が11時2分に、街で鳴る鐘にのせて

目を瞑ると思いよったもん。



長崎の小学生はたぶん今も、9日は登校日で、

市から寄贈されたポスター大の凄惨な写真を横目に

体育館に集められて戦争の話を教えられるんぞ。

少なくともおれん時はそうだった。というか今もそうだろ絶対。

午前中で学校は終わるんやけど、その日は必ず戦争中の食事が

給食として出されるっさね。それを食べて下校する。

里芋の煮っ転がしや脱脂粉乳を混ぜ合わせたやつとかね。



本当に知らんやった。大人になるまで。

全国的にあの日はみんながそうしているものと思いよった。



去年、婆ちゃんが被爆して亡くなったんだが、

こうして間近に核やら原子力やらの犠牲が横たわっとるような状況は、

第一世代がいなくなるにつれて消えてなくなっていくやろうな。

親が一番近い世代かもしれんけど、おれらが聞かされてきた話は

言い伝えの範囲のものでしか、だもんな。

事実が語り継がれるのはいいとしても、本当の恐怖までは捉えきれん。

それは怖か。



そんな意味で、長崎の子たちは、

大人がみても目を逸らしたくなるものを、

あんな小さな頃から見せられるとやろうか。

っておまえ昼休み何時まで?





陰湿ないじめなんかがニュースになるような社会はつまらんぞな。

もっと考えないかんことはある。

というかあんなとんでもない過去を忘れてしまうのはどうも。

簡単にいえばこれが平和ぼけか。

昨日はうちの事務の子が「あ、今日でしたっけ」って…。

日めぐりだから、何周年なんてのも馬鹿らしいんだが、

忘れるなよ。一年に一回でもいいから思い出せよ。



さっき大人になって気づいたと言ったけど、

正確には大学で初めて福岡に出てきたときだった。

まさか隣ぐらいの県で、こうも環境が違うとは。

なにもセレモニーしろ、ってことじゃもちろんなく、

ちょっと真顔にさせられるような情報や習慣くらい

あると思っていたけど、ないことを。

疎外感があった。長崎とか広島のこと、みたいなね。



静かにどっかで意識しておけばいい。

ただ、思い出せない人も増えてきたから、

ちょっとでも考えるきっかけとか

習慣がないものかとも思うっさね”





うどん屋のラジオが知らせるに、

原爆の被害者は現在まで、被爆者と被爆体験者という

線引きがなされていて、救済範囲が大きく異なるらしい。



“どこかで”としておかないと収拾がつかないからだそうだ。



本当に困った人には困ったままの現実がつきまとう。

生涯を抗がん治療に捧ぐのだ。

被爆“体験”者の祖母を失った友人にとっては、

確かにただ黙っては聞けない話だったろう。

2012/08/11 01:26
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フリーランス編集者|瀬口賢一 kenichi seguchi

福岡で4度の雑誌創刊、編集を経て2011年4月よりフリーランスに。編集者として「SCRIPT」を始めとする雑誌の企画・編集に携わるほか、地元媒体に携わって生まれた人間関係をベースに、異業種との編集プロデュースにも日々奔走。現在12月に向けた出版物を英気企画中。実現なるか。

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